骨ルポ
ANZBMS 2025 レポート
田代 奨(千葉大学 大学院医学研究院 先端研究部門 イノベーション再生医学)
この度、第43回日本骨代謝学会学術集会においてANZBMS 2025 Travel Awardを受賞し、オーストラリア・ケアンズで開催されたANZBMS 2025にてSelected oral abstractsのセッションでの発表の機会をいただきました。本学会では学会主催のグリーン島へのツアーや参加者交流会なども組まれており、素晴らしい国際交流の経験をすることができました。
紹介演題 [1]
Bone Health in Microgravity: Tracking Bone Remodelling in Spaceflight and Recovery
キーワード
宇宙飛行、骨リモデリング、高解像度末梢定量CT(HR-pQCT)
研究グループ
Matthias Walle(University of Calgary, Calgary, AB, Canada)
サマリー
宇宙空間における荷重負荷の減少や廃用は骨量減少を引き起こすが、これらの骨微細構造の変化が永続的なものか、あるいは再負荷により回復可能かは不明である。本研究では、17名の宇宙飛行士を対象に、高解像度末梢定量CT( HR-pQCT)および生化学マーカーを用いて骨量減少と回復を時系列的に検証し、これらの変化が永続的かどうかを明らかにした。微小重力環境下での6か月間、骨吸収は骨形成の3倍に達した。地球帰還後、高い機械的負荷のかかる骨領域で主たる骨形成が観察された。地球帰還後6か月以内に、宇宙飛行中に骨吸収された領域で新たに回復・形成された骨は31.8%に達した。これは地球帰還後6~12か月で観察された2.7%を大幅に上回る数値である。地球帰還後6ヶ月時点での骨回復の限定性は、ヒトにおける骨リモデリング因子再活性化のための時間的windowが狭く制限されていることを示唆する。不完全な骨量回復は、こうしたリモデリングが停止した部位に起因する可能性があり、新たな治療介入の潜在的標的となり得る。
コメント
宇宙飛行中の骨粗鬆症というモデルにおいて、骨リモデリングの可逆性に時間的制約があることを高解像度イメージング技術で明らかにした本研究は、臨床的にも重要な示唆を与える。この高解像度イメージング技術は、骨梁の形状を精密に解析し、同じ箇所の骨微細構造を経時的に追うことを可能にしている。長期臥床や免荷状態にある患者の骨量回復には、早期からの介入が極めて重要であることを裏付けるものである。特に、地球帰還後6ヶ月以内という限定された時間windowでの骨形成促進は、リハビリテーションのタイミングの重要性を示唆している。
紹介演題 [2]
Gender Affirming Hormone Therapy (GAHT) and Bone Health: Insights from a Preclinical Model of Feminising Hormone Therapy
キーワード
性別適合ホルモン療法(GAHT)、Feminising Hormone Therapy
研究グループ
Rachel Davey(University of Melbourne, Heidelberg, Vic, Australia)
サマリー
性別適合ホルモン療法が、性別移行中の思春期トランス女性における骨格の健全性と骨折リスクに及ぼす影響は不明である。この知見の空白を埋めるため、発表者らはヒト思春期における男性から女性への移行を模倣するマウスモデルを開発した。このモデルでは、まずゴナドトロピン放出ホルモンアナログを用いて思春期を抑制し、その後エストラジオール治療を施す。5週齢の雄マウスにおいて精巣摘出により思春期を抑制し、手術後3週目に高用量エストラジオール(約0.85 mg)を腹腔内徐放性シリコンインプラントにより12週間投与した。雄対照群と比較し、去勢雄ではピーク骨量蓄積量の減少と骨折前の最大耐荷重力の低下が認められた。去勢した雄から雌化したマウスにおけるエストラジオール投与は、骨幹部における皮質骨厚の増加と、骨膜周囲長が雄・雌対照群の中間レベルまで増加し、その結果として最大耐荷重と剛性が増加した。海綿骨では、エストラジオール治療により成長板から生じる新規形成骨梁、石灰化表面/骨表面、骨形成率が上昇し、エストラジオールの骨芽細胞増殖に対する同化作用と一致した。これらのデータは、GnRHaと十分な高用量のGAHTで治療されたトランスジェンダーの少女において、骨格の健全性が維持され、長期的な骨折が予防される可能性があるという概念を支持する。
コメント
トランスジェンダーの方々の骨代謝という新しい臨床課題に対し、基礎研究レベルで重要なエビデンスを提供した研究である。思春期抑制療法による骨量獲得への影響と、エストラジオール補充による骨保護効果のバランスを検討する本研究は、適切なGAHTレジメンの確立に貢献すると期待される。特に、最適なエストラジオール用量の同定は、骨格の健全性と副作用のバランスを考慮した個別化医療の実現に不可欠である。
学会を通じて
本学会では貴重な発表機会をいただくとともに、宇宙飛行士の骨代謝やGAHTによる骨代謝への影響など、興味深い演題を多数聴くことができました。また、ケアンズの素晴らしい海で自然に触れ、普段の研究や骨代謝についてリフレッシュしながら考える機会となりました。

生命は海から陸に上がる際にカルシウムを海水から補充できなくなるという問題に直面しましたが、骨吸収により骨を体内のカルシウム貯蔵庫とすることで海を離れることができました。骨代謝を手にした生命は海から陸に上がり、今度は宇宙で骨代謝に関する問題と向き合っています。また、グレートバリアリーフの珊瑚礁で出会ったクマノミも、生まれた時は基本的にオスとして成長し、グループの中で最も大きい個体がメスに性転換するとダイバーの方に教えていただきました。
GAHTについての演題もあり、このような海洋生物と骨代謝との関係についても興味深いと感じました。今回美しい海の広がるケアンズで、骨代謝学の多様性と奥深さに改めて触れることができました。このような貴重な機会を与えてくださった日本骨代謝学会、ANZBMS、そして全ての関係者の皆様に心より感謝いたします。
2025年12月23日


