発情周期は乳がんの化学療法に対する感受性に影響を与える
| 著者: | Bornes L, van Winden LJ, Geurts VCM, et al |
|---|---|
| 雑誌: | Nature. 2025; 637:195-204 |
- 乳癌
- 性周期
- 腫瘍微小環境
論文サマリー
乳がんの約70%はホルモン感受性であり、初経、妊娠、出産、授乳、閉経などエストロゲンの増減を伴う女性特有のライフイベントが発症リスクに影響することが知られている。しかし、予後不良なトリプルネガティブ型ではホルモン受容体を発現しておらず、ホルモンバランスがもたらす影響については不明な点が多い。また術前化学療法の治療効果は症例間で多様であり、著者らは性周期との関係性に着目して検討を行った。まず著者らは乳がんモデルマウス(MMTV-PyMT)にタモキシフェン誘導的にランダムに蛍光色素を発現するConfettiシステムを導入し、生体内イメージングにより各腫瘍クローンの追跡を試みた。その結果、複数の腫瘍クローンが同期的に拡張と退縮を繰り返していることを見出した。また卵巣摘出により腫瘍の拡張・退縮サイクルが減少したことから、性ホルモン変動が腫瘍増殖に関与することが分かった。次にMMTV-Wnt1、MMTV-PyMT、Brca1−/−;Trp53−/−の各マウス乳がんモデルにおいて、発情期および無発情期にドキソルビシンおよびシクロホスファミドの投与を行い治療効果を検討したところ、無発情期に治療開始した場合には薬剤感受性が低下することが判明した。またホルモン受容体陰性のBrca1−/−;Trp53−/−モデルでも同傾向が認められたことから、腫瘍細胞におけるホルモン受容体シグナルとは独立した制御が存在することが示唆された。メカニズムとしては、無発情期に化学療法を開始した場合に、上皮間葉転換頻度の上昇、腫瘍血管径の減少、マクロファージ数の増加が起こることが判明した。さらに抗CSF1R抗体投与によるマクロファージ除去によって、薬剤感受性は発情期と同等までに回復し、性周期による腫瘍微小環境の変化が明らかとなった。最後に、乳がん患者のコフォート研究により、プロゲステロン高値の時期に術前化学療法を開始した場合の方が治療効果が高いことが示された。以上より、乳がん細胞の化学療法感受性に対する月経周期段階の重要性が示された。
推薦者コメント
結局のところ分子機構としてはやや不明な点が残るが、悪性度の高い若年性乳がんの治療における重要な知見である。特に、無発情期に治療開始した場合、マクロファージが多数のまま維持され持続的な治療抵抗性につながる可能性が示唆されている。今後の臨床試験や基礎研究を通じて、より効果的で副作用の少ない乳がん治療の実現が期待される。
金沢大学がん進展制御研究所免疫環境ダイナミクス研究分野・田辺和、岡本一男
(2025年10月30日)



