The Japanese Society for Bone and Mineral Reserch

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糖尿病による骨脆弱化の鍵は浸透圧ストレス?-TRPV4を介したカルシウム流入阻害と骨芽細胞分化抑制-

Osmotic stress inhibits osteoblast differentiation and mineralization by suppressing TRPV4-mediated calcium influx
著者: Takashi Miyano, Haruka Hasegawa, Toshihiro Sera
雑誌: J Bone Miner Metab. 2025 Aug 18. doi: 10.1007/s00774-025-01629-4. Epub ahead of print. PMID: 40824543.
  • 骨芽細胞
  • 浸透圧
  • TRPV4


研究室ゼミ旅行(高知県 にこ淵): 左端が筆頭著者(宮野貴士, 助教)、後列左から1番目が第二著者(長谷川遥香, 学生)、後列左から2番目が最終著者(世良俊博, 教授)です

論文サマリー

糖尿病は骨折リスクを高めることが知られているが、その背景には骨芽細胞機能の障害が関与している。これまで高血糖そのものによる酸化ストレスや糖化産物の影響は注目されてきたが、血糖値の上昇に伴って生じる「浸透圧の上昇」が骨芽細胞の恒常性に及ぼす影響について注目した研究はほとんど無かった。本研究は、この浸透圧ストレスに焦点を当て、骨芽細胞分化および石灰化への影響と、その分子機構を解明することを目的とした。

実験にはマウス骨芽細胞様細胞であるMC3T3-E1細胞を使用した。高濃度グルコースの影響を評価すると同時に、マンニトールやソルビトールを加えてグルコースと等しい浸透圧条件を作成し、浸透圧上昇そのものの効果を評価した。また、機械的刺激に応答してカルシウム流入を媒介するTRPV4チャネルに着目し、TRPV4拮抗薬を用いてその関与を検討した。

その結果、グルコースのみならずマンニトールやソルビトールによる等浸透圧処理においても骨芽細胞の石灰化は抑制された。さらに、骨芽細胞分化に重要な転写因子であるRunx2の核内移行が阻害され、オステオカルシン、ALP、コラーゲンIといった骨形成マーカーの発現も低下した。これらの結果は、浸透圧ストレスそのものが骨芽細胞の分化を阻害することを示唆するものである。加えて、浸透圧ストレスはTRPV4チャネルを介したカルシウム流入を低下させることが明らかとなった。このカルシウムシグナルは骨芽細胞の分化に不可欠であり、その抑制が機能障害につながると考えられる。実際に、TRPV4を阻害した場合にも骨芽細胞の石灰化や骨形成マーカーの発現は同様に抑制され、TRPV4の重要性が確認された。

本研究の新規性は、従来「高血糖による代謝異常」と考えられてきた骨芽細胞障害の一部に、高血糖に伴う「浸透圧上昇」の影響が関与する可能性を明らかにした点にある。また、この障害の分子基盤としてTRPV4チャネルが深く関与することを初めて示した。今回の成果は、糖尿病に伴う骨量減少や骨粗鬆症の新たな病態理解につながる可能性を持つ。特に、TRPV4を標的とした治療戦略は、浸透圧ストレス下でも骨芽細胞機能を維持する手段となり得る。しかし、本研究は培養細胞での検討にとどまっており、動物モデルや臨床での検証が今後の課題である。それでも、浸透圧というこれまで見過ごされがちであったストレス因子が骨の健康に関与することを示した点で、本研究は新たな方向性を提示する成果であると考える。

著者コメント

糖尿病研究では、どうしても血糖値の上昇による代謝の影響に目が向きがちです。私たちは実験を進める中で、「高血糖で浸透圧も上がるが、これ自体が細胞にとってストレスになっているのではないか」という小さな疑問を抱きました。浸透圧を調節する物質の種類や濃度を試行錯誤しながら検討する中で、16.5 ミリオスモル 【mOsm】 という僅かな浸透圧の上昇が細胞にとっては力学刺激として機能することに気づきました。この発見は、メカノバイオロジーの視点を交えた研究の面白さを再認識させるものであり、小さな疑問を実験に落とし込めたことが、本研究の大きな第一歩になったと考えています。
本研究にご協力いただいた共著者の先生方に、心より感謝申し上げます。

宮野 貴士(東京理科大学先進工学部 機能デザイン工学科)

2025年10月31日